『FLOWERS』感想 -優しいパラノイアの螺旋- ※ネタバレあり
パラノイア……内因性の精神病の一型。偏執的になり妄想が見られるが、その論理は一貫しており、行動・思考などの秩序が保たれているもの(大辞泉)
Innocent Greyが世に送り出したエロゲ「殻ノ少女」シリーズ(『殻ノ少女』、『虚ノ少女』、『天ノ少女』)では一貫してパラノイアが主題に据えられており、主要人物の多くがパラノイアを抱えている。もっとも、作中では本来の精神病というより強い執着、ないしはコンプレックス程度の意味で使われている。
同ブランドの百合ゲー「FLOWERS」シリーズも、シナリオライターこそ異なるが、このパラノイアが根底に存在していたと思う。けれどそれは「殻ノ少女」のように狂気を孕み、黒く染まった危ういものではなく、色とりどりの甘酸っぱい、それでいて優しいものであった。
だからこそ、きっとあのGRAND FINALEを迎えられたのだ。
さて、私が「FLOWERS」を手に取ったのは百合ゲーであったこと、かつ「殻ノ少女」を手掛けたInnocent Greyの作品であり、シナリオに期待できそうだったからである。
物語は春から始まり、夏、秋を経て冬に到る。
以下のゲーム内画像は有限会社Gungnir様製作の『Flowers -Le volume sur primtemps-』、『Flowers -Le volume sur été-』、『Flowers -Le volume sur automne-』、『Flowers -Le volume sur hiver-』より、同社の著作権ガイドラインを遵守したうえで引用させていただいております。
■Le volume sur primtemps -女の子を好きに為ったらいけないんですか?-
春。
出会いの季節。
主人公、白羽蘇芳が全寮制のミッションスクール、聖アングレカム学院に入学するところから物語は始まる。なんちゃってではなく、きちんとしたカトリック系の学校であるところが個人的にはポイントが高い。
開始早々、蘇芳は二人の少女と出会う。
花菱立花と
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勾坂マユリである。
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この二人のどちらかとくっつくのだろうなというのは想像に難くないが、この時点でなんとなくマユリを予想していたのは我ながらなかなか勘が鋭い。
蘇芳と立花、マユリは入学後アミティエとなる。
アミティエとは在学中におけるルームメイト、疑似友人制度だ。百合作品にありがちな(?)パートナー、姉妹制度ほど密なものではない。あくまでも学院側が決めるもので、コミュニケーション能力の育成が主目的らしい。
とはいえ予想通り、この三人による三角関係がメインとなり話は進む。
日々の生活や学院行事、そして七不思議にまつわる奇妙な事件を解決―春篇での探偵役は蘇芳である―していくうちに、三人の間の関係は徐々に変化していき、最終的に蘇芳はマユリと結ばれる。
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こんなCGを叩きつけられれば""勝ち"というものである。
作中の年代は詳しく描写されていないが、PCや携帯電話、スマートフォンといった現代機器が登場せず、かつ全寮制のミッションスクールという閉鎖空間の中で展開される人間模様は、なかなかに面白かった。ミステリー部分に関してはやや大雑把な味となっていることは否めないが、学院生活に添えられるスパイスとしては及第点であろう。
そして春偏の最後、蘇芳と結ばれ幸せをを手に入れたはずのマユリが突如学院から姿を消してしまう。
そう、物語の本当の始まりはここからだ。
『殻ノ少女』で玲人が冬子というパラノイアに囚われたように、蘇芳もマユリというパラノイアに囚われることになると予感した。「殻ノ少女」にこれでもかと惹かれた私が、この展開を気に入らないわけがなかった。
蘇芳がどのような答えにたどり着くのか、俄然見届けたいと思った。
蘇芳:義母、マユリ
立花:蘇芳
マユリ:同性愛
■Le volume sur été -好きな人の為に、何かしてあげたいと思ったことはありますか-
夏。
変化の季節。
夏篇の主人公、および探偵役は八重垣えりかとなる。
春篇では一人でいることが多く、やや一歩引いた立ち位置にいたような印象を受けたが、彼女にもアミティエができる。
それがこの孝崎千鳥である。
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最初は反目しあっていた二人であるが、そこは喧嘩するほどなんとやらである。
お互い不器用ながらも徐々に距離は縮まっていき、終盤のバレエ発表会。本番直前のシーンがこれである。
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成功できるようにとのおまじないか、とも思ったが、どう見てもおまじないの域を明らかに超えている。しかも前夜に千鳥の方から「お願いがあるの」としおらしく切り出したから何かと思えば……。そしてラストには言わずもがな、えりかと千鳥は結ばれる。
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正直、春篇の内容からまた何かしらの別れがあるのではないかと若干不安だったのだが、そんなことはなかった。むしろ秋篇以降で千鳥の色ボケっぷりに笑わされるほどである。
さて、春篇での主人公の蘇芳は表舞台から引っ込んだまま――というわけではなく、失踪したマユリを取り戻すという決意を固め、奔走することになる。
夏篇全てを蘇芳視点で描くとまではいかなかったが、蘇芳視点があることによって、彼女の物語が続いていること、すなわちパラノイアに囚われたままであることを示してくれる。面白くないわけがない。
えりか:不自由になった足
千鳥:バレエ
■Le volume sur automne -叶わぬ恋でも想い続けることができますか-
秋。
終わりの足音が聞こえる季節。
秋篇を開始して聞こえてきたのは沙沙貴姉妹の声。ただ、どちらが喋っているかは判別できず、このCGを見たときに「ああ、意図的に隠されているのだな」と感じた。
(姉妹の判別方法として春篇で目元のほくろの数が挙げられていたが、以下のCGでは化粧によって隠されてしまっている)
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秋篇はそのまま沙沙貴姉妹の視点で進むのかと思いきや、譲葉視点で始まった。今回は彼女がホームズというわけだ。当然相手はネリネだろう。春篇からしばしばニカイアの会(すごい名前である。アリウス派は誰かと考えると……恐ろしい)の会長と副会長として仲睦まじい様子を見せてきた。お互いに想い合っているのは見て取れたし、どちらかが踏み出せばすぐくっつくと思っていたが……甘かった。
この二人、お互いに対して作中でも屈指のパラノイアを抱えているのだ。
譲葉視点で進むため、彼女のパラノイアの大きさに違和感は覚えなかったが、ネリネが持っているものも負けず劣らず――ともすれば、譲葉を優に上回るものかもしれない。
さらにここに沙沙貴姉妹も絡んでくることで、事態はより一層混沌としてくる。
苺・林檎→譲葉→ネリネ
となるのだから、もう泥沼である。
それが最終的にはこうなるのだから、物語というものはわからない。
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個人的に、合唱会での譲葉・ネリネによる『虹の魔法』の二重唱~Trueエンドの流れは春から冬を通して作中でも随一の面白さだと思う。四人の想いが絡み合い、解け、一つの形を描いていく様に涙した。
もちろん、秋篇でも蘇芳視点が描かれる。
マユリへ繋がる鍵を教える交換条件として、譲葉からニカイアの会の会長職を継ぐことを提示された蘇芳。春篇の最初ではあれだけ引っ込み思案であった少女が、全校生徒の前で堂々と選挙演説をするようになるのだから、げに恐ろしきはパラノイアか。
見事ニカイアの会長となった蘇芳は、譲葉からマユリへと繋がる鍵を教えてもらう。
そしてたどり着いた一つの墓標。そこに記された名は――。
あのエンドから一年半近くも待たされたら、発狂してしまう。
譲葉:ネリネ
ネリネ:譲葉
苺:妹
林檎:姉
■Le volume sur hiver -いつまでも一緒にいたいと想える人はいますか-
冬。
終わりの季節。そして、芽吹が待つ季節。
春、夏、秋を経て、全てのパラノイアが結集した。
探偵役は再び蘇芳へと戻り、マユリと再会するまでが描かれる。
細かいことは言わないから、秋篇をクリアしたらそのまま冬篇を駆け抜けてほしい。
もちろん、蘇芳の家族周り(主に父や義母との関係)や秋篇の後の譲葉とネリネの動きについて掘り下げが足りていない感じは否めないが、GRAND FINALEを見た後ではそんな小さな不満は吹き飛んでしまった。
ここまでプレイしてきた甲斐があったというものである。
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■総評
全寮制の女学院という閉鎖空間の中で、カトリック系(=同性愛が許されない)ということが舞台装置として上手く作用していた。ミステリー部分は「殻ノ少女」より数段劣るが、全年齢向けということで表現の幅が狭くなってしまうことを考慮すれば仕方のないことであろう。むしろ、それを補って余りあるほどの百合要素がこの作品を良作たらしめていると感じた。
スギナミキ先生の儚さと優しさが併存するようなCGの数々も見事である。季節ごとに立ち絵の制服が変わるのだから驚くほかない。もちろん差し込まれるスチルが素晴らしいのは言うまでもない。
Switch版、PS4版は春夏秋冬がセットになったものが発売されているので、百合が好きな人は是非買おう。選択肢が多めなのはノベルゲー初心者にとってはやや難しいかもしれないが、攻略サイトを見れば問題ない。
ボーカルコレクションは買ったからドラマCDも買わなきゃ(使命感)
あとは公式画集を再販してください……何卒……